心のベクトル
人からどう思われているかを気にしない強さがほしい。
自分の周りにいる人の顔や態度が明るくないと、なぜ、どうして、自分に原因があるのではないかとすぐ不安になってしまうのは、小さい頃から変わらないようだ。
10人程度の小さな会社で、施工主任の私は、社内で2番めに若い。
年上の同僚に仕事を割り振るのは、かなり気を使う。1人年下がいることに本当に救われている。
この仕事を割り振ったら嫌な顔をされるんだろうな……ほら、やっぱり。
作業から戻ってきた人がやたら無口だったり、ため息まじりにドカッと椅子に座ったり。
「なになに、なにか嫌なことでもあるんですか。不満があるなら言ってくださいよ。」とサラッと言えたら楽なんだろうな。
自分の割り振りが良かったのかどうかいつも心配になる。なにか言われるのかとビクビクしてしまう。
そう思っていると、人と目を合わせづらくなる。会話が減る。
そして思う。居心地が悪いなあ。
最近本を読んだことで、心のベクトルについて考えさせられた。
人の顔色をうかがって不安になる、自分がどう思われるか気になる、ということは、心の矢印の方向が自分のほうへ向いているのだ。そうなると緊張して、目を合わせにくい。そして目を合わせてくれない人とは、信頼関係を気づきにくい。
そうか。そうやって自分は自分で居心地を悪くしていたんだ。
人の顔色をうかがってしまうことはマイナスだけではないと思う。なぜって、人の変化に気づけるということでもあるのだから。
ただ、心の向きを自分に向けていてはだめなのだ。もっと、目の前にいるその人に、外側に向けなければ。
みんな悩みや不安を抱えながら仕事をしている。それは自分だけではない。
自分が嫌だ、ストレスだと感じていることがあるのなら、同僚にもまたその人なりのストレスがある。
じゃあ目の前の相手の不安を思いはかってみたらどうだろう。
出先から帰ってきて様子がおかしかったら、率直に聞いてみたらいい。申し訳無さそうにしてはいけないよ。堂々として、相手の顔を見て、今日の仕事はどうだったか、体調は悪くないか、聞いてみればいい。
別に明確な答えが得られなくてもいいんだ。気遣いは必ず伝わってる。
自分の割り振りが悪いと言われたら、直せばいい。逆に言われないのであれば、そこは心配しなくてもいい。人が気分を害する原因は、いろんなところにあるんだから。その原因がいつも自分にあると考えるのは、おこがましい。
大事なのは、コミュニケーションが取れていること。会話がないと、誰が何を考えているのかわからず、不安になる。そのモヤモヤとした不安は、いつも自分の中を漂い、会社の中を漂う。その不安を振り払うには、自分が人に視線を向け、関心を向け、話しかけるしかないんだ。
自分の不安は、突き詰めると自分でしか振り払えない気がする。
心のベクトルが外側を向くことは、自分のことを気にしすぎないこと。気にしていいんだ。自分だもの。でも、自分の気持ちに囚われてしまってはいけない。
目の前のやるべきことを終わらせたら、少しだけでいいから他の人の様子を気にして、その人に話しかけてみる。
これができた日は、いつもよりも不安が少なく、スッキリした気分でいられると思う。